からだにやさしい「核医学治療」
愛媛県立中央病院 放射線科 井上武 先生
みなさんは「核医学治療」という治療法をご存じでしょうか? 以前から「アイソトープ内用療法」と呼ばれている治療法で、放射性物質を使用して病気を診断し、治療する医療の一分野です。日本ではバセドウ病や甲状腺がんの放射性ヨウ素治療 (I-131)、前立腺がんの骨転移に使うゾーフィゴ(Ra‐223)、神経内分泌腫瘍に使うルタテラ治療(Lu-177 DOTATATE)などがあります。
放射性物質を身体に投与すると聞くと、ちょっと怖い治療の様に思われがちですが、いずれの治療もその病巣(悪いところ)にそのお薬が集まることを前もって確認して(シンチグラフィー)、次に必要十分なお薬を身体に投与します。体内に導入された放射性物質は、病巣に集まり、放射線で病変細胞にダメージを与えます。周囲の正常な細胞への影響は最小限に抑えるように設計されています。また、放射性物質の寿命は短く、数日後には消失しますから、身体に放射性物質が残ることはありません。
バセドウ病の治療を例にご紹介します。バセドウ病は、甲状腺が過剰にホルモンを産生する甲状腺機能亢進症(こうじょうせんきのうこうしんしょう)の一種で、若い女性にも多い病気です。バセドウ病の治療は抗甲状腺剤の飲み薬、甲状腺の手術と核医学治療(放射性ヨード治療)になります。抗甲状腺剤の治療は広く行われている治療ですが、重篤な副作用やアレルギー、妊娠時に使いにくいなどの欠点もあります。手術も若い女性にとっては美容面で躊躇する方も多くいらっしゃいます。
核医学治療はおよそ10日間のヨード制限と放射性ヨードの入ったカプセルを数個飲むだけのからだにやさしい治療です。外来で行っており入院の必要はありません。ヨード制限とは、主に海藻に含まれるヨードを食べない、すなわち海苔やワカメ、昆布やその出汁などを摂取しないことです。ヨード不足になった甲状腺には放射性ヨードが取り込まれ、放射線が甲状腺細胞にダメージを与えることで、甲状腺ホルモンの過剰産生が抑制されます。
投与後、数週間から数カ月かけて甲状腺機能が徐々に低下します。一時的に甲状腺機能亢進症の症状が悪化することがありますが、これは一過性のものです。治療後は定期的に血液検査などフォローアップを行い、効果や副作用を評価します。
バセドウ病の治療を例に説明しましたが、他の核医学治療でもほぼ同様です。神経内分泌腫瘍に使うルタテラ治療(Lu-177 DOTATATE)は最近始まったばかりの治療です。転移再発した前立腺癌の核医学治療もようやく日本で始まろうとしています。多くの困っている患者さんに新たな治療選択肢が増えることを待ち望んでいます。