病気について知る病気の解説

父が肺がんになって考えたこと

2022年8月12日

 肺がん、なんと衝撃的で忌み嫌われる言葉でしょうか。私は呼吸器内科医という看板を挙げて医療に携わっていますので、肺がん患者さんに毎日のように接しています。治療の経過によっては悔し涙を流すこともあれば、抱きしめ合って(コロナ禍で実際にはソーシャル・ディスタンスですが)喜びを分かち合うこともあります。それでもどこか「自分には遠い世界の話」のように思っていたのですが、最近、父が肺がんになったことから肺がんをより身近に考えるようになりました。

 父も私も徳島県の池田町という山あいに生まれ育ちました。池田町はかつて高校野球で甲子園を沸かせたことで知られていますが、タバコの名産地でもあります。ヘビースモーカーの父を見て育った私は幸いなことにタバコと関わることはありませんでしたが、肺がん診療を生業とするようになったのもなにか因果なのかもしれません。もしタバコを止められていない方がこの記事を見ているのであれば、それもご縁かもしれません。
不幸中の幸いですが、地元の病院で尿路結石の治療を受けていた父に対して、内科の先生が撮った一枚の写真が父の左肺にあるパチンコ玉程度の小結節を見つけてくれました。現在、コロナ禍で健康診断に行きそびれている方がいるのであれば、たまたま撮ったレントゲンが命を救ってくれるかもしれません。
 その後、流れるような検査・検査…そして手術に至ったわけですが、術前に電話越しに聞く父の不安そうな声と術後に執刀医の先生から聞いた「がんはすべて取り切れました」のひと言は、私の心を大きく揺さぶりました。「ああ、私は、心の底からは患者さんの気持ちになれてはなかったんだ」と反省にも後悔にも似た気持ちになりました。肺がん患者さん・家族の気持ちに親身になって寄り添いたい、なにより無事喜寿を迎えた父とまたゴルフがしたいと思っています。

 肺がんの治療は日進月歩、専門家であっても判断に迷うくらい複雑多岐に細分化しています。専門家は組織検査・画像検査で情報収集を急ぎます。情報が十分であれば、最終的に選択される治療に施設や医師の間で大きな違いはみられません。
 もちろん耳障りのいい話ばかりではありません。医師の話を聞いても不安しかない、ということもあるかと思います。別の先生にも話を聞いてみよう(セカンド・オピニオン)という姿勢は、違う視点で病気や治療の説明を聞くことができ、不安を和らげる意味で正解です。初めの先生の話を聞いた直後は頭が真っ白になって、よく聞こえない、頭に入らないだけだったということも多いので、そこは納得できるまで時間をかけて理解し受け入れていくことが大切です。

 心が弱くなってくると、ネットで見たり知り合いに勧められた「ガンがすべて消失した奇跡の食品」、「当施設が独自に開発した〇〇細胞療法」の類がやたら輝いて見えてきます。これらはワラにもすがりたい患者さんの心理に便乗した悪徳商法で、すべて時間の無駄といえます。