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がん治療と治験

2023年3月17日

 みなさま、治験をご存じでしょうか?
 新薬として国(厚生労働省)の承認を得るために、一定数の方々を対象にその薬の効果と安全性を確認するための試験です。実は今でも人体実験のイメージをお持ちの方もいらっしゃるようです。
 確かに第2次世界大戦のあった1940年代までは人体実験が正式用語で、イメージ通りの非人道的な「実験」を米国の政府機関が行っていたことが今世紀になって明るみに出た例もあります。しかし、1964年のヘルシンキ宣言以降は患者さんの意思、権利や安全性を最優先に考えた科学的な計画に基づく試験が行われています。わが国では現在、医薬品の臨床試験の実施の基準に関する国際基準(GCP; Good Clinical Practice)を踏まえた厚生労働省省令に基づき、安全な治験が行われていますのでご安心下さい。

 がんの新薬の治験は新薬群と標準治療群の2群に割り付けて行われることが多く、新薬治療を希望して参加されても新薬治療ではなく、その時点の標準治療になることがあります。新薬の副作用に対する心配や逆に新薬が使われない不安のため、治験参加をためらわれる方もたくさんいらっしゃいますので、別の医療費の視点で治験の利点を説明します。
 がんの治療成績は年々向上していますが、同時に高額な新薬と治療期間の長期化により医療費も高額化しています。例えば、高齢者に多い血液がんの多発性骨髄腫の場合、新薬登場前はMP療法(アルケラン1錠146.6円、プレドニゾロン1錠9.8円、1治療で約4000円)を10回前後行い生存期間が2〜3年だったものが、現在の標準治療の1つであるDLd療法(ダラキューロ1本44万5064円、レブラミド1カプセル8085.3円、デカドロン1錠28.7円、1治療で約130万円)を病気(多発性骨髄腫)が進行するまで繰り返す治験では5年で66.7%の方が生存されています。
 このDLd療法を5年間計画通りに継続するとその間の薬剤費の概算は8000万円にも達します。通常の保険診療では1割負担で800万円、3割負担では2400万円です。もちろん、わが国には高額医療制度が存在しますので実際に負担は年収にもよりますが、もっと安く済みます。ただ、治験の場合は新薬群でも標準治療群でも薬剤費は原則依頼者(製薬会社等)が負担しますので、がんの治験では経済的にも極めて大きな利点があることがご理解いただけるのではないでしょうか?

 残念ながら、治験は限られた種類のがん、限られた病院、限られた時期、限られた病状に対してしか行われませんので、実際に参加できる方はごく限られます。担当医から治験の話が出るのは、ある意味幸運です。怖がらずに十分に説明を受け、ご家族ともよく相談いただき、納得できたら、積極的にご参加ください。そのほかにも字数の限られた紙面では十分説明できない数々のメリットがあります。